都会のローカル線、南海電車汐見橋線。

南海本線の岸里玉出から、なんばの少し西にある汐見橋まで5駅7分ほどの路線だが、実に味わい深い線になっている。昭和30年代に逆戻りしたというか、時間が止まっているというのか、昭和のディテール満載の三丁目の夕陽的路線。

成り立ちからして味わい深い。今では短い支線のひとつだが、かつては高野線の一部だった。つまり高野線は汐見橋が終点だった。そのため1編成が30分ごとに行き来するだけの線なのに複線になっている。これは、新大阪から関空へ繋ぐ線路の計画に使われるかも知れないという理由で複線のまま残されているらしい。各駅舎も当時のモダンデザイン、今ではレトロモダンといえるようなデザインになっている。

それらが老朽化して独特の味になっている。かつては汐見橋駅には高野線の終点だった頃の大きな路線地図が掲げてあった。今では違うものに替えられているが、駅舎とホームがT字型に組み合わせれて、改札からは、着発する列車が見えて、車止めの駅舎側には、植栽や池があり、いかにも昭和の終着駅という風情がこじんまりまとまっていてとてもチャーミングな駅だ。

次の芦原町は、途中で上を跨ぐJR環状線のガードが見えて、タイミングが良ければ、交差走行が見えるのかも知れない。この駅は改札付近は建て替えられているが上屋が昔のままに違いない。

その次の木津川駅は、この線のハイライトとも言える駅で、かつては貨物ホームがあった。2022年4月現在は、壊されて工事現場になっており痕跡しかないが、2007年頃はまだホームや留置線が残っていた(使われてはいなかった)。ここは駅舎が残っていてデザインがレトロモダンだ。
次の津守は、がらっと風景が変わり、公園や学校や商店街があり、下町の電車駅というムード。改札は建て替えられているが上屋は昔のままなのだろう。
ここから西天下茶屋を越して岸里玉出までは直線で見通せ、いくつかの踏切を越しながら電車がやってくるのは映画の1シーンのようだ。次の西天下茶屋も当時の駅舎が残っている。

実は、2007年に鉄道ファンという雑誌で「大手私鉄枝線の記録」という連載記事を書かせていただいたことがあり、その時にも一度取材に訪れたのだった。当時から15年経っているが、木津川駅の貨物ホーム以外は、ほとんど変わっていない。昭和30年代から変わっていないとすれば、15年など一瞬に過ぎない(笑)なお下段の2007年の写真はキャノンのコンデジ(Cyber Shot)で撮ったもの。
走っている車両は、さすがに昔のモノではないが、ひなびたムードの工場地帯や下町をこぎれいな2両編成が行き来する風情もおつなものだ。


2007年1月